スパルタ暴力塾に2年通った記録・・それは親のエゴから始まった

スパルタ塾での勉強 受験

中学受験のため、子供の人権を無視する前時代的なスパルタ暴力塾に通っておりました。

親自身が十分な教育を受けられず、大学進学という夢を諦めた雪辱を子供で果たす、というエゴから始まった地獄の2年間でした。

スパルタ暴力塾でのスケジュール

小学校の授業が終わると、親は学校の前で待っていてその足で1時間程かかる塾へ送ってくれます。

大体5時くらいから塾は始まり、終わるのは午前12時を過ぎるころです。

子供なので、体力も気力も十分ではなく、ヘトヘトになりながら塾を出ると、親はその前で待っていてようやく家に帰れます。

平日はほぼこのローテーションで、土日ともなると朝9時くらいから夜の11時くらいまでミッチリと塾で勉強です。

殴られることが嫌だった

ですが子供ながらに辛いのはその拘束時間ではなく、何かあると容赦なく飛んでくる怒声やビンタなどの暴力や、正座させられるなどの精神的苦痛でした。

宿題を忘れたり、ミニテストの成績が悪かったりすると途端に殴られます。

連帯責任もあった

一部の生徒が少し声を荒げたとかで、「連帯責任」という理由から生徒全員を床に正座させて、端からビンタというのもありました。

子供心に、自分の責任ではないのになぜこんなことをさせられるのか、という理不尽な気持ちが心を支配していたのを覚えています。

暴力が怖いので、必死になってそういった事態が自分に及ぶのを避けようと、とにかく勉強し、成績を良くし、上のクラスに上がったりも出来ました。

成績があがっても終わらないプレッシャー

ですが、上のクラスに行けば行くほど、親の期待も塾の要望も激しくなり、更なるプレッシャーが自分を襲いました。

ほとんど塾での勉強時間に1日は費やされるのですが、家に帰ってからの僅かな時間で、その日の復習や塾で出された宿題、翌日のミニテストの予習等をします。

ある日勘違いでミニテストで失敗を

その日も予習は完璧で、ミニテストも100点を取れるだろうと自信満々で臨みましたが、蓋を開けてみると、テスト範囲を勘違いして別のページのテストが配られていました。

吹き出る脂汗、1つも進められないテストに胃がキリキリと痛み始め、目はチカチカしてきて座っていられないくらい体調不良になりました。

このままでいたら成績最下位になり今まで自分が築いてきたポジションが危うくなると、頭でグルグルと考え、野次や暴力は怖かったのですが、思い切って先生に「体調が悪くこれ以上は難しい」と言いに行きました。

すると頭へのゲンコツもなく、親を呼んでくれ、すんなり家に帰ることが出来ました。

体調が悪かったのを仮病扱いされた

本当にホッとして車でリラックスしていましたら、親から「仮病だったのだろう」と詰め寄られ、結局、精神的な苦しさから逃れることは出来ませんでした。

そんな生活が続いたため、小学校ではグッタリしてしまい、よく保健室で寝ていました。

学校担任が親に忠告をしてくれた

それでも塾で同年代の子供の何倍も勉強していたため、学校の授業が遅れてついていけないということもありませんでしたが、熱血な担任が親に怒鳴ったことがありました。

「このままでは子供の成長を阻害する。即刻、塾はやめさせるべき」と。

小学校6年で身長140㎝しかなく未熟

それもそのはず、自分の身長は、小学校6年の時に、140センチ未満で、痩せて顔色も悪く、食欲もほぼなく給食をよく残していたからです。

それでも親は塾をやめさせてはくれませんでした。

ついにはハゲでうつに

そのうち、円形脱毛症になり、うつ状態にもなってきましたが、親の期待に応えるんだ、塾の先生の言うことは絶対だ、と自分に言い聞かせて塾に通い続けました。

このような生活をしていますと、友達と遊ぶということは皆無なのですが、1回たまたま平日に塾が休校ということがあり、小学校で比較的仲の良かった友人仲間と他愛もないかくれんぼ等して遊んだことがありました。

初めて友だちと遊んだときの興奮が忘れられない

楽しくて嬉しくて、犬が興奮してはしゃぐと尿を漏らしてしまう現象が自分にも起きてしまい、とても恥ずかしかったのですが、
兎に角、遊ぶことがこんなにも楽しいことなのかと、感動すら覚えました。

スパルタ塾の勉強法は良かったが

スパルタ塾は自分にとって、親の望む中学に入るために絶対必要なことであったし、勉強の内容自体は、小学校では
決して教えてもらえないような、効率のよい面白い勉強法だったと記憶しています。

周りの子より成績は良かった

勉強すればするほど、小学校では神童のように扱われ、勉強ができない生徒に教えたり、人から頼られたりと、優位な立場にたつことが出来、自信に繋がっていたことも確かです。

志望校にも合格できた

結局、第一希望の中学校に入学でき、親の期待に応えられ、そのままエスカレーター式に大学も内部進学することが出来ましたが、世間的に見れば、上の下くらいのランクの学校であり、
ここまで追い込まれながら必死に勉強しても、天才でもない自分はその程度でしかなかったのだと、今思い返せばむなしく感じます。

スパルタ塾でそれなりの成績は残せたが、その代償は大きい

屈託のない子供時代に、勉強ばかりしていたことや、親・塾の先生に従うことが当然と刷り込まれながら育ってきたことで、
ずいぶんな大人になった今も、周囲の人間と上手くコミュニケーションもとれず、上からの評価ばかり気にして、
「良い自分でいること」に拘って精神的に追い込まれている現状を、「本当にこれでよかったのか」と振り返ることも多いです。

過干渉だった親とはほぼ絶縁状態となっており、ここにきてようやく自立の道を歩み始めています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました